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    マスメディアを捨てソーシャルメディアを手に入れ、父がいなくなり「私」を作り直した2010年総括。

    • 2010.12.31 Friday
    • 00:28
    今年も残す所、一日。
    ご縁に感謝、いつもありがとうございます。

    結構な雪がさっき降っていましたから
    明日はこの辺でも積もるかも。

    R0010552.JPG

    個人的な話ですが
    一年分の簡単な出来事と氣付きをつれづれと…。

    思い直せば余波はその前の年末から押し寄せるのですが…。
    一年前の私と今の私では、人間が違う自覚があります。

    とりあえず、
    1月半ばにテレビを捨てました。それから少ししてtwitterを始めました。
    「政治家のツイートが面白い」っていうので薦められて始めましたが
    気が付けば、自分が走り始めていました。
    これがまた、気軽に出力することによって自分の立ち居地の再発見となったり
    数多くの出会いがそこにありました。

    意外な人との繋がりも多く、
    社会でプロとして活躍するみなさんのつぶやきは、普通に勉強になります。
    当時、何をしても形にならない地下の牢獄から抜けたい、
    「無私無心」で前に進む為の最速の出力ツールとして、最適でした。
    励まされ、励まし、拾い、拾われ、笑い、笑われ、
    フォロー&フォロワーのみなさんには本当に感謝をしています。

    それにこの一年は、宮崎口蹄疫問題、尖閣諸島問題、異常な台風等、
    twitter上とキー局との情報の差を感じなくはいられませんでした。
    (中央は地方を切っている感もあります。
     それは逆に、地方のチャンスでもあります)
    そして、私のソーシャルメディアな流れはfacebookで更に濃くなっていく訳で現在に至ります。

    そして、父が7月になくなりました。
    直腸癌で、3年前発見したときにはもう肺と肝臓に転移。
    直腸の癌は摘出しましたが、そのほかは
    抗がん剤と、ご縁で頂いていた霊芝や、サプリメントなどで
    病状の進行を抑えていました。
    100704_2039~01.jpg
    なくなる一月はべったり病院付きで(とはいえ仕事には出てましたが)最期の一息まで一緒にいることができました。
    最期に父を救ったのは私です。
    父はミラクルミネラルサプリメントで、末期であったにもかかわらず痛みが最小限で抑えられました。
    この情報も思えばtwitterでつかんだ情報で、いろいろな条件から本物であると確信し、
    父に試す決意をしました。
    もう、ほぼ打つ手がない父に「死ぬんだから飲みなさい」と言って渡しました。

    末期癌でもう先がないことが分かると、病院というのは何もしてくれません。
    (というか、手段が痛み止めしかありません)
    正直に言ってお金になるモノ扱いのようでした。

    ですので、分かる手段を使って対処したのです。
    みるみる減っていく父の残り時間を目の前にして動かずにはいられませんでした。
    腹水をカイロプラクティックの手法ですっきりさせ、
    肺炎を食養の手当てで改善させました。

    病院のお医者様は、最期の父の身体を一目見て、ぎょっとされていました。
    恐らくそれまで一度もそんなナチュラルな体の末期癌患者を見た事はないでしょうから。
    (私などのような者より遥かに多く良く勉強されている、お医者様には申し訳ないのですが。)
    でも...私は原因がある程度分かっているので、それは当たり前のことでした。

    100704_1946~01_0001.jpg

    処置は恐らく的確であっただろうと思います。
    ただ、いちいち後手でした。そこに、氣付きがありました。

    「お父さん、少し(MMSを)飲んで
     よくなった氣がしたから、油断したんでしょう」

    一度ミラクルミネラルサプリメントが効いて、1日ぐらいやめていたのです。
    もう、癌が脳まで進行し、顔の表情の運動機能も失われていた父は
    そのときウンと頷きました。
    原因は、それだったのね、と感じました。

    私の経験から、「死」を抜けきる、というのは
    今まで生きてきた全ての概念をゼロの戻し、丁寧に正しきを実践あるのみだったからです。
    なぜなら、一般的な病気は、ほぼ自分自身に起因するからです。

    父がそれまで割りとご縁に恵まれていたため、生きることに真剣でなかったのです。

    癌の痛みが来る、MMSを摂取する、痛みが消える。
    MMSはリンゴジュースに混ぜて飲ませるので、
    病院には「リンゴジュースが飲みたい」と本人が言っていると芝居を打ちました。

    その効果は、予想をしていたこちらが驚くほどでした。
    恐らく本人が一番おどろいていたことだろうと思います。

    ただ、飲ませてくれと、目で訴えていました。
    (この執着もエゴに関係するので、実は癌が大好きです)

    でも、遅かった。

    結局は、本人の心の持ちようで癌患者は
    「人生の持ち時間」の長い短いが決まります。

    (父の一週間後になくなった伯父は、癌のマーカーが父の倍あったのに
     10年以上癌と仲良くしていた)

    癌は頑固な人のなる病気に間違いありません。
    しかも、それはいろいろなもの(仕事、人間関係、自分の存在そのもの)に
    対するエゴに随時反応していました。

    父は自分のことしか頭になく、飼い犬の都合も良く二度も命を奪い。
    気に入らなければ、周りにきつく当たり
    「高尾(実家のある部落名)のイガだ」と称されていました。
    (ゆえに、戒名には院号をつけていません)
    ただ、私の父であるには間違いはないわけです。

    癌は、奇病です。

    本当は、みんな末期癌患者がどんな死に方をするか知らないから
    ぼんやりしているのでしょう。
    (天は、私には実際にその場を見せてくれなかったけど)
    全身をちぢませ、ありとあらゆる痛みに苦しみながら死んでいくのが癌です。

    癌予防にはどうすれば?

    分かっているでしょう…
    あなたの身体を作っているのはあなたの毎日の食事でしかありません。
    肉食をたまにはやめて、日本人本来の食事をすることです。
    それだけです。簡単なことです。

    100619_1211~01_0001.jpg

    父のために準備した、この快適な介護ベッドに、父がいたのはたったの3日。
    本音は、
    そこから田んぼを見ながら、あと2、3年くらいは長生きして欲しかった。
    (この写真撮った後、田んぼが見えるよう、逆にしたりしましたっけね)

    それでもごめんね、お父さん。私も間に合わなかった。
    許してね、かなり乱暴な扱いして。
    愛していました。どうしょうもない性分はおばあちゃん由来だから。

    そして、この世にご縁をくれて、感謝します。
    ありがとう。



    私は天の仕事を受ける覚悟が出来た、
    また、そんな成長ができた一年だったように思うよ。

    関連記事:
    生死をあきらめないのは、愉しいこと。
    ミラクル・ミネラル・サプリメント。父(末期ガン)、その後。
    父の顔。(注:お食事中の方は読むのを避けて下さい)
    父、帰還。
    静かな日々
    瞑想、迷走
    戻ってこないログオフ
    伯父の目線

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